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意味不明な論理:なぜ人は納得してしまうのだろうか?

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日常には、よく考えると意味が分からない論理が多い。今回はその代表例を二つ紹介します。

①「ビックマック論法」
関西人と関東人が集まるとよく話題になるのは、「関西ではマクドナルドのことを『マクド』と呼ぶが関東では『マック』と呼ぶ。どちらが正しいのか?」という他愛のない雑談である。一番耳にする関東人の正当化の仕方で「『ビックマック』は『ビックマクド』とは言わないでしょ?だから『マック』が正解」という論理がある。関西人はよく考えもせず反論できずにその場が過ぎ去ることがある。呆れてものが言えないのか、単に反論できないのかはわからないが、よく考えると論理としておかしいことを指摘すれば済む話だ。その指摘方法は、「今は『マクドナルド』という店の省略の話をしてるのに、なんで商品名である『ビッグマック』を根拠にして自分の略が正しいと言えるの?」というやり方である。落ち着いて考えるとわかるが、商品名と店の省略名とどういう関係があるのだろうか?「ビックマック」は商品名であるにすぎない。商品名は人に覚えてもらうことが目的の一つであり、ましてやお店の省略名を考慮して命名しているのだろうか?おかしな話だ。これを「ビックマック論法」と名付けよう。

②「私なんてあなたより下だよ論法」
学校のテストの結果が返ってきたときのことを思い出してほしい。自分の苦手教科や自身がない教科のテストが返却され、予想通りに点数が悪かった時に、落ち込んでしまい、次のようにクラスメイトに言われたことはないだろうか?「私なんて君の点数よりも下だよ。落ち込むなって!」その場では落ち込んでいるため、何も考えずクラスメイトの粋な計らいだと思ってやり過ごす。しかし、よく考えると論理として意味が分からない。この場合は、絶対評価と相対評価の混同が、いやそれ以前の問題が生じている。例えば平均点が65点のテストで、自分が60点、声をかけたクラスメイトが52点だったとする。相対的にはクラスメイトよりも上だからいいかもしれないが、平均点以下でテストの点数が悪いことには変わりない。しかも、65点は自分の中の絶対的な評価基準で低いから落ち込んでいる。「あんなに努力したのにこの点数か」と。そして、クラスメイトの点数と自分の落ち込む原因にはどんな関係があるのだろうか?「下がいるから安心」ということなのか?現実は平均点以下だ。どちらかというとクラスメイトが落ち込んだ方がいいのでは?おかしな話だ。これを「私なんてあなたより下だよ論法」と名付けよう。

日常にはおかしな論法が多く存在している。二つの例は氷山の一角。日常の雑談程度ならよいが、ビジネスやはたまた学術的な場でもこのような発言例は挙げるとキリがない。そろそろ、この不毛な論理を止めませんか?

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最終更新日:2018-05-14 11:24

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